【スタサン映画短評】『6才のボクが、大人になるまで。』
監督リチャード・リンクレイター/主演エラー・コルトレーン/2014年公開
AmazonPrimeでの公開が終わりそうだったので、急いで見ました(今はもうすでに終わっています)。 この映画は原題「BOYHOOD」にあるように一人の男の子の少年時代を描いたもの。よく知られたことですが、この映画は作品内で流れる12年間と同じだけの期間かけて撮影された挑戦的な作品で、もちろんその12年間演じる役者は全員同じです。
つまり観客は、6才の子供が18才の青年になるまで”実際に”成長していく姿を見ることになります。これは他の映画ではありえないことで、普通は、数人の齢の違う子役が何年か分ずつ演じて一人のキャラクターということにするでしょう。
そうではなく、変わらないキャストたちの容姿や内面が徐々に大人びたり/老けていったり、育っていったりするので、見ていると徐々に作品や演技という虚構の部分と画面に映し出される役者たちのリアルな時間経過の部分にあるはずの境界線が溶けていき、ある意味で映画というものよりももっと感触の感じられる映像(例えばホームビデオ)を見ている気分になっていきます。実際見ていて、可愛いらしい男の子がだんだんとゴツい青年になっていくのは、結構凄みがあります(笑)そういう映画作りの点で、かなり斬新で並の胆力では真似できない作品であるといえます。
この物語は、主に主人公のメイソンとその母を中心にして進んでいきます。母がメイソンの実父と離婚した後に二度結婚し、その度にメイソンと姉の環境はガラリと変わります。その他にもいろんなことがあります。
12年間あるのでいろいろあって当然です(私や皆さんだってそうでしょ?)。それらが綺麗なプロットとして一本の線のように並んでいるのではなく、もっと複雑に関係し合うような要素として存在します。だから正直ネタバレは無いし、クライマックスと言えるような場面も無いんです。ですが、その全ての瞬間を愛おしく感じてしまうのです。そういう、人生についての映画なんですね、これは。
メイソンはその長い時間の中で多くのキャラクターと交流しますが、とりわけ実父との関係は特別に見えます。それはメイソン・姉と父との関係はこの12年間でほとんど変わらないからです。彼らが共に暮らすことはないですが、12年間の交流の中で父は自身の言葉で人生について大切なことを教えてくれます。もちろん実父以外も、二人目の父親にせよ、三人目の父親にせよ、母にせよ、姉にせよ、悪友にせよ、メイソンの周りにいた人間全員が彼に多くの示唆を与え、その全てが12年後の18才になったメイソンを形作ったわけですね。
愛おしく感じてしまうと書きましたが、この映画を見終えたあとは自分自身の人生についても、そして今この瞬間のことも愛おしく思うことができると思います。兎にも角にも、全員に等しく流れた12年間の中でその瞬間瞬間を捉えていくという、撮り方はとんでもないですが、映画らしい映画と言えると思います。
さて、全く余談ですが、同じ監督(リチャード・リンクレイター)が撮った作品では『スクール・オブ・ロック』という作品も最高の映画です。とりあえず有名なシーンを貼っておきますね。こちらも気になる方は是非。
それでは。 (文責:浅見)